国立がんセンター待合室にて配布されていたプリントです。なお掲載に関してすくすくには許可を頂いておりませんので転載等はご遠慮ください。金子先生には口頭で伝えたことがありますが、覚えていらっしゃらないでしょう。(^^;
『すくすく』網膜芽細胞腫勉強会(1995年10月29日)
Q1(1)腫瘍は何タイプ位に分類されますか。(色・形・悪性度など) |
a.色
活動性のある場合...白
不活化された場合...半透明な白(fish flesh like)
硬い岩のような白(cottage cheese like)b.形
眼球内部での広がり方で
1.exophytum type(網膜を持ち上げて広がる)
2.endopytum type(網膜から硝子体側に広がる)
3.mixed type(混合型)
4.diffuse infiltrating type(前房に腫瘍細胞が流出)一つの腫瘍の固まりは
1.半球状
2.マッシュルームきのこ状
3.雪玉状
4.雲状
5.霞状活動性で
1.活動型
2.非活動型
自然治癒
治療後瘢痕病理学的に
1.分化型
rosette(花冠状)
flurette(花弁状)
2.未分化型
Q1(2)腫瘍の成長の速さや悪性度について眼底検査の際、予測は可能でしょうか。 |
成長の速さや悪性度については数日間おいた眼底検査でわかります。
悪性度については、人と同じで顔を見ただけではわかりません。
Q2腫瘍の進行度は何段階位に分けられるでしょうか。白色瞳孔や斜視はそれぞれどの段階から見られますか。どの段階で受診される子供が多いですか。 |
腫瘍の進行度の分類は幾つか発表されていますが、その分類の目的を良く理解することが大切です。
1.Resse-Ellsworth分類
眼球保存療法を行った場合の治癒の期待出来る程度に基づいています。1958年当時の診療レベルによるため問題点もありますが、古くから世界的に使用されていたため、施設同志や新しい方法の治癒成績を比較するのには適しています。
2.TNM分類
腫瘍が眼球内部を占める広がりを基本にした分類
T1:網膜の25%以下
T2:網膜の50%以下
T3:網膜の50%以上で眼球内部に限局
T3a:網膜の50%以上及び/又は硝子体播種
T3b:視神経乳頭への浸潤
T3c:前房及び/又は脈絡膜浸潤
T4:眼球外進展白色瞳孔や斜視などの症状は腫瘍の進行度とは必ずしも関係しません。白色瞳孔は腫瘍からの反射ですので、網膜の中央にあれば、小さくて背が低いものでも、症状が出やすいのです。斜視は腫瘍が黄斑部に生じれば、小さい腫瘍でも視力が悪くなるので出やすいのですが、大きな腫瘍が周辺にあっても視力は良いので斜視となりにくいようです。又親や周りの大人の観察力、注意力、行動力などによって受診する時期が異なります。
受診時の訴えとその頻度は、全国網膜芽細胞腫登録委員会の1147症例の集計によれば、白色瞳孔70%、斜視13%、結膜充血5%、角膜異常2%、低視力2%、眼瞼腫脹1%、眼球突出0.5%などです。
Q3摘出が必要と判断される時はどのような状態ですか。 |
緑内障や炎症が強くて眼痛がひどく、元気がなくなり食事も取れない状態
保護者に眼球を残しておくことに対する不安感が強く、摘出を希望する場合
定期的な経過観察に受診できない場合
種々の治療をおこなっても再発して、他に適当な治療法がない場合
治療後に硝子体出血や白内障などで眼球内部の状態が十分に観察出来なくなり、再発している可能性が高く、転移させる危険性があり、手術が出来ない場合
Q4(1)放射線治療は、どのような腫瘍の、どの段階に行うのが有効でしょうか。有効性の低いのは、どのような腫瘍でしょうか。それについてはどんな治療法が行われますか。 |
放射線治療は網膜芽細胞種の保存的治療法の中で、最も効果の期待出来るものです。しかし種々の後遺症が残る可能性もあるため、現在下記のような場合に、どの治療センターでも通常使用されています。
1.腫瘍が7.5mmより大きいとき
2.腫瘍が視神経乳頭に浸潤しているとき
3.腫瘍が黄斑に浸潤しているとき
4.硝子体播種がある場合
Q4(2)放射線治療による後遺症はどのようなものがありますか。 |
1.短期的
皮膚炎、結膜炎、角膜炎、脱毛、白内障
2.長期的
白内障、網膜症、緑内障、涙液減少症(DryEye)、眼窩骨の成長障害、眼窩の変形と眼瞼の陥没、眼球の発育障害(小眼球)、二次発癌(骨肉種、黄紋筋肉種、悪性繊維性組織球種、眼瞼癌など)
Q4(3)腫瘍の進行度によって放射線量は違いますか。 |
腫瘍が小さくて、しかも照射中に消えてしまえば36Gyで止める場合があります。最近は最大量44〜50Gy以上照射していません。
Q4(4)両眼性で両眼とも放射線治療をする場合、片眼性の倍量の放射線をかけることになるのでしょうか。 |
全く違います。両眼性でも片眼性でも同じ量が照射されています。放射線は眼球の横から照射するので、片眼性の場合では、正常な眼球にも約40%の放射線が照射されています。
Q5(1)温熱療法とはどんな方法でしょうか。 |
多くの悪性腫瘍細胞は43℃以上の温度に加熱されると、正常細胞に比較して、放射線照射や抗癌剤などに対する感受性が高くなり、死滅しやすい性質があります。この現象は網膜芽細胞種でも確認されましたので、治療に応用しています。
眼科領域では種々の方法で温熱療法が試みられています。硝子体全体を加熱する方法としてはオランダのラーヘンダイクによって発明された方法しかなく、しかもこのような加熱の仕方が網膜芽細胞種では必要なので、国立がんセンター中央病院では彼の方法に基づき、Aloka社の協力を得て1987年から臨床応用を始めています。
この方法は、家庭用電子レンジと同じ2.450MHzの極超短波を使用して眼球を鉢巻状に取り巻いたアンテナから電波を送り、眼球内部を42℃以上に暖めます。加熱する必要の無い眼球の前方の部分にある水晶体や角膜は生理食塩水を吸引器で循環させて冷却しています。
Q5(2)どのような状態に行うのが有効でしょうか。 |
理論的には全ての放射線治療や化学療法に併用したほうが再発率が低くなり、治療成績が向上すると考えられていますが、腫瘍が小さい場合は再発率が低いので、現在は腫瘍が眼球内部で進行している場合(T3群)にだけ、初回放射線治療に併用しています。そしてこの治療の後に、腫瘍が残存していたり再発した場合に、化学療法に併用しています。
Q5(3)この治療により眼球にはどのような影響がありますか。なぜ、他の眼科では行われないのですか。 |
これまでに経験した後遺症としては、網膜脈結膜萎縮、一過性の網膜剥離の発生又は増大、眼底出血、網膜中心動脈閉鎖、白内障、虹彩毛様体炎、角膜上皮剥離、帯状角膜症、結膜下出血、結膜充血、眼瞼腫脹、眼瞼火傷などです。
他の眼科で行われない理由は、この方法は当院で開発した新しい治療法であり、装置は2500万円もして高価で、しかも他の施設では網膜芽細胞種の患者さんは年間数名以下で少なく、眼球保存療法にもあまり熱心ではないからです。
Q6(1)光凝固・冷凍凝固とは、どのような方法でしょうか。 |
光凝固は腫瘍周囲の正常網膜にレーザー光を照射して熱凝固させ、腫瘍を栄養している血管を閉塞させて腫瘍を死滅させる治療法です。主要は白い色をしているため直接レーザーで焼き殺すことは出来ません。
冷凍凝固は3mm位の直径の金属の棒の先端を-60℃に冷却して、眼底を見ながら腫瘍のある部分の強膜に30〜60秒当て、腫瘍を眼球壁と共に凍結します。腫瘍が融解したら再び凍結し、この凍結と融解を3回繰り返し、腫瘍細胞を殺します。
Q6(2)どのような状態に行うのが有効でしょうか。 |
いずれも腫瘍が4〜6mm以下で、小さい場合にだけ有効です。光凝固は腫瘍が網膜の周辺部分にあると困難で、逆に冷凍凝固は腫瘍が周辺部分に無いと結膜を切開しなければ出来ません。
Q6(3)治療により眼球にどのような影響だありますか。 |
光凝固でも冷凍凝固でも、凝固した部分に網脈結膜萎縮が生じて、その部分の視機能は無くなります。そのため腫瘍が黄斑部に近い場合は使用出来ません。
光凝固の後遺症としては、出血、腫瘍の硝子体播種、虹彩萎縮、虹彩と水晶体との癒着、白内障などがあります。冷凍凝固の後遺症としては一過性の眼瞼腫脹や結膜浮腫、出血、網膜剥離、虹彩炎、まれに強膜穿孔などがあります。
Q7(1)コバルト60強膜縫着とはどのような治療法でしょうか。 |
コバルト60はガンマー線と呼ばれる放射線を出す金属です。これを10〜15mmの直径のプラチナで被覆して、腫瘍の裏の強膜に縫い付け局所的な放射線治療を行う治療法です。放射線の強さは線源からの距離の二乗に反比例して弱くなるので、この方法では局所的に非常に強い放射線治療が出来ます。腫瘍の頂点に必要な線量が照射されたら抜去します。特別に作られた個室に入院していただき外には出られません。お子さんの世話は厚い鉛で出来た衝立を介して、していただきます。
Q7(2)どのような状態に行うのが有効でしょうか。 |
15mm以下の大きさの腫瘍で、黄斑や視神経乳頭から離れた位置にある場合に有効です。腫瘍が1個だけの場合には最初の治療としても使用出来ますし、放射線照射後の再発で、光凝固や冷凍凝固では治癒困難な6mm以上ある腫瘍に対しては、これまで他に適当な治療法が無いため用いられていました。
Q7(3)治療により眼球にはどのような影響がありますか。 |
放射線による網膜症、白内障、緑内障などです。
Q8(1)眼動注とはどのような方法でしょうか。 |
抗癌剤の量を必要最小限にして、副作用を軽減するために考案された投与法です。眼球保存療法を行う場合には眼球にだけ抗癌剤を流せば良いので、鼠蹊部からカテーテルを入れ、大動脈を逆上り、首から脳に向かう内頚動脈に通します。眼動注は内頚動脈から最初に分かれる動脈なので、眼動脈を超えたところで、風船を膨らませて脳の方向へ流れる血流を一時的に止め、薬を注入し、その後に風船をしぼませて、脳に行く血流を再開します。カテーテルの位置を確認するために、X線の透視下で操作は行います。
Q8(2)どのような状態に行うのが有効でしょうか。 |
この方法はまだ新しい実験的な治療法なので、まずこの方法でなければ治療が困難な、放射線照射した後に、残存又は再発した腫瘍に使用しています。1例だけ保護者の強い希望があり、放射線照射をしないで初回治療として使用したことがありますが、放射線照射と同様の効果が認められました。
Q8(3)治療により眼球にはどのような影響がありますか。 |
これまで認められた後遺症としては、網膜中心動脈閉塞による失明、眼球運動障害、一過性の尿崩症などがあります。
Q9(1)硝子体注入とはどのような方法でしょうか。 |
眼球の白目(眼球結膜)のところから、非常に細い注射針を用いて、硝子体の中に抗癌剤を0.1ccに溶解した液体を注入する方法です。硝子体には血管が無いため、眼動注をしても薬剤が硝子体に移行しないので、これを解決するために考案された方法です。
Q9(2)どのような状態に行うのが有効でしょうか。 |
硝子体播種つまり腫瘍が崩れて、硝子体に浮遊している腫瘍細胞に対して有効です。放射線照射でも治癒可能な場合がありますが、それは比較的まれです。硝子体播種はこれまで網膜芽細胞種の眼球保存療法では最も治癒が難しい状態とされていました。そのことはRese-Ellthworthの分類でもお分かりかと思います。
Q9(3)治療により眼球にはどのような影響がありますか。 |
まず硝子体に注入した後、注射針を眼球から引き抜く時に硝子体に浮遊している癌細胞が眼球外に流れ出る危険があります。この方法は、1991年以来多数の症例で行っていますが、幸いにも眼球外の再発は経験していません。その理由として、抗癌剤を注入する所なので、抗癌剤の濃度が濃いので癌細胞が死にやすいとか、注入後すぐに温熱療法を行うので、癌細胞が流出しても、45℃に近い温度で暖められて生存出来ない可能性も考えられます。その他には白内障の発生や色素上皮細胞に対する障害も考えられます。
Q10(1)化学療法(眼動注・硝子体注入)は小冊子では有効性が低く、再発の可能性が高いとなっていますが、現在も同じでしょうか。 |
小冊子では従来の化学療法は有効性が低く、再発率が低い(筆者注:高い?)と述べてあるので、メルファランを使用する新しい化学療法についてではありません。確かにメルファランを使用した場合でも再発することはありますが、多くの場合、再発しても数回使用することにより治癒しています。
Q10(2)放射線をかけずに眼動注又は硝子体注入と温熱療法でも効果が期待出来ますか。 |
実際には試験的に1症例だけ、そのような治療をしていますが、治癒出来る可能性はあると思います。
Q10(3)メルファランの使用によって視力に影響ありますか。 |
高濃度のメルファランにより眼動脈の閉塞が起こることは確かなようです。網膜中心動脈の閉塞により視神経萎縮となり、失明した症例を何例か経験しています。
Q11(1)再発はどの段階の腫瘍に起こりやすいですか。 |
腫瘍が大きかったり、硝子体播種があると再発しやすいようです。放射線照射を受けた場合、腫瘍が周辺部にあると再発しやすいようです。これは白内障の発生を予防するため、水晶体に近い周辺部の線量が少なくなる傾向があるためと思われます。
Q11(2)再発を繰り返すのは悪性度が高いと考えられますか。 |
私はそのように考えておりません。単に放射線や化学療法に対して抵抗力の強い腫瘍細胞が残存したためと考えています。治癒しにくいことは確かです。
Q11(3)再発を繰り返している間にどのような事が考えられますか。 |
再発の程度や部位にもよりますが、視機能に対する影響は良くないようです。しかし眼球外浸潤や転移することは希です。
Q12(1)転移はどの段階から起こり、それを疑う徴候はありますか。 |
網膜芽細胞種の転移は血管及びリンパ管と視神経乳頭を経由して視神経周辺の髄膜下腔を通って脳脊髄液に流入する3つの経路があります。腫瘍は血管によって栄養されている関係で、腫瘍細胞が血管内に入り全身に向かって流れ出すことは、ある程度の大きさの腫瘍になれば普通に起こってくるのではないでしょうか。網膜芽細胞種は幸いにも眼球の外で転移が成立しにくいために、沢山の腫瘍細胞が流れ出すか、眼球外で増殖しやすい(悪性度の高い)性質のある腫瘍細胞が存在した場合に転移が起こると思われます。眼球内部で腫瘍の進行したT3群に対して、始めから眼球摘出したほうが、眼球保存療法を行うより生存率が高いのではないかと考える医師もおりますので、1973年から20年間に治療した113症例について15年長期生存率を比較しました。初めから眼球摘出した75症例と初めは眼球保存療法を試みた38症例とは、いずれも95%台で、統計学的な有意差は全く認められませんでした。
脳転移を疑う徴候としては、ぐったりとして元気が無い、食欲が無い、嘔吐する、けいれんする、歩行障害等があります。血行性転移を疑う徴候としては、体の一部にしこりが出来て次第に大きくなるが、押しても痛みがあまり無い場合です。これは二次癌では治療後3年以上経過して出ることが多いようです。
Q12(2)転移を最小限にするためにはどのようなことが必要ですか。 |
眼球摘出して病理診断で眼球外浸潤が認められたら、予防的な放射線照射や化学療法を行う必要があります。転移の発見は大変難しく、腫瘍細胞がある程度増殖して、かなりの大きさにならなければ、CT検査やMRI検査を行っても検出できません。
Q13経過観察中の子供たちは、どのような検査を、どの位の頻度で行うのがよいのでしょうか。 |
眼球内の腫瘍の状態によって違います。再発の危険性の高い場合は1ヶ月に1度は眼底検査が必要です。ある程度落ち着けば、2〜4ヶ月に1回の受診となり、再発が無くて3年経過すれば年2回の受診となり、その後は年1〜2回の間隔になります。眼球摘出してあっても生涯にわたり年1回は受診するように勧めています。これは残された唯一の眼球なので、健康診断的な意味合いで、異常を早期に発見するためです。
また結婚して子供ができた場合に早期に受診していただく目的もあります。転移に関しては。腫瘍マーカー(NSE)の検査を行うことが考えられますが、かなり進行していないと異常が検出されません。両眼性症例では三側性網膜芽細胞種と呼ばれる脳腫瘍が発生する可能性があるため脳のCT検査も場合によっては必要です。
1995年10月29日
国立がんセンター中央病院眼科 金子明博